港まち佐世保の歴史のストーリーを肌で実感できる「日本遺産」スポット
文化庁の新事業「日本遺産」に、佐世保の「みかわち焼」と「佐世保鎮守府」がW認定されました。それぞれ、佐世保の成り立ちを語る上では欠かせない“物語”があり、佐世保観光ではぜひ訪れてほしいスポットです。
海軍さんの拠点だった鎮守府(横須賀・呉・佐世保・舞鶴)
旧日本海軍の拠点となる「鎮守府」。横須賀、呉、舞鶴に加え、1889年には「佐世保鎮守府」が開かれました。大小の島々が複雑に浮かぶ九十九島(くじゅうくしま)の海、小高い山々に囲まれた湾口など変化に富んだ地形が選ばれた理由の1つでした。明治から大正期にかけては、艦艇などを造る「海軍工廠(軍需工場)」などさまざまな施設が誕生。また、水道や鉄道といった生活に必要なインフラも続々と整備されました。 2016年4月には、横須賀・呉・舞鶴とともに旧軍港四市のの一つとして「日本遺産」に認定され多くの注目を集めています。国指定重要文化財の「針尾送信所」をはじめ「佐世保市民文化ホール」など、「海軍さん」の足あとをぜひ辿ってみましょう!
Column
「日本遺産」ってなに?
「日本遺産」は、2015年から始まった文化庁の事業。地域の歴史的な魅力や特色を通じて国の文化・伝統を語るストーリー(物語性)を認定するものです。 ストーリーを語る上で欠かせないさまざまな有形・無形文化財を、地域で管理し活用していきます。そのあふれる魅力を、国内だけでなく、海外へも積極的に発信していくことにより地域を盛り上げていこうとするものです。
もっと見る港まち佐世保の魅力
軍港として栄えたまち・佐世保には、「海軍さん」のストーリーが数多く残っています。見どころの1つは建築物。1889年に「佐世保鎮守府」が開かれて以来、当時いち早く取り入れた鉄筋コンクリート造りの技術でさまざまな建造物が誕生しました。「針尾無線塔」は、日本最古にして最大の電波塔で、なんと高さ136m!ビルの30階建てに相当します。このほか、「佐世保市民文化ホール」など、当時の文化を感じる西洋風のデザインも素敵です。 そしてもう1つはグルメ。「海軍さん」を通じて流れ込んだ、カレーやビーフシチューなど西洋の食文化を佐世保流にアレンジした「港まちグルメ」は、市内のさまざまなお店で食べることができますよ。
日本磁器のふるさと肥前
長崎県と佐賀県に広がる「肥前やきもの圏」。平戸藩の御用窯として発展したその歴史は400年以上におよびます。佐世保の「三川内(みかわち)焼」もそのなかの1つ。豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に連れ帰った陶工の一人が、有田の「泉山砕石場」で磁器の材料となる陶石を発見したことが肥前窯業のはじまりとされています。その後、三川内、波佐見、伊万里など産地が生まれ、今もなおそれぞれ個性豊かな磁器が作られています。 2016年、佐世保の「三川内焼」は「日本磁器のふるさと 肥前」の構成文化財のひとつとして、「日本遺産」に認定されました。独自の技術を駆使した繊細な美しさをもつ白磁は、全国のみならず世界からの注目も集めています。
三川内(みかわち)焼について
400年以上もの歴史を持つ、国の伝統工芸品「三川内焼」。豊臣秀吉の時代、「茶の湯」の流行によってやきものの製造が盛んになり、1598年、平戸藩主の命を受けた朝鮮陶工の巨関が平戸・中野で窯入れをしました。それが「三川内焼」誕生のきっかけでした。その後、巨関は新たな陶石を求めて三川内にたどり着きました。そこで御用窯を開き、白磁の器作りに成功。藍色で唐子を描いた「唐子絵」をはじめ、光に透けるほど薄い「卵殻手(らんかくで)」、華やかな模様をほどこした「菊花細工」「透し彫り」など、さまざまな技巧を凝らした「みかわち焼」が数多く生み出されました。その技術の高さと美しさは、国内外で人気を博すほど。現在は14の窯元が、伝統を大切に守りながらやきものづくりを続けています。毎年開かれる『みかわち陶器市』は、自分だけのお気に入りに出逢えるチャンス。ぜひ三川内の里を訪れてみてください。
日本遺産「佐世保鎮守府」紹介ムービー
旧海軍の拠点となる「鎮守府」が置かれた横須賀、舞鶴、呉、佐世保の四市は「鎮守府 日本近代化の躍動を感じるまち」として「日本遺産」に認定されました。「凱旋記念館(佐世保市民文化ホール)」や「レンガ倉庫」、「針尾送信所」、「SSKの250tクレーン」など計27件の鎮守府関連の施設がそこに名を連ねています。当時の歴史をそのままに残す、佐世保発展の足あとを感じる旅へ。