美味しい料理と音楽で心を満たす「FLAT FIVE」オーナーシェフ・羽原輝之さん
佐世保の音楽シーンを支えている人たちのなかから3名をピックアップ。自由な佐世保の音楽が見えてくる。
佐世保はジャズのまち。でも、ロックにフォーク、クラシックなどいろんなジャンルの音楽も聴こえてくるとても自由なまちなんです。この特集では、そんな佐世保の音楽シーンを陰で支えている人たちのなかから3名をピックアップ。三者三様の音色に、ぜひ耳を傾けてみてください。
ジャズバー&レストラン フラットファイブ
ジャズ処、と書かれた赤提灯に思わずクスっと笑みがこぼれます。老舗のジャズレストラン「フラットファイブ」は、佐世保市光月町に店を構えて40年超。扉を開けると、琥珀色の光に包まれたジャズ空間。まるでタイムスリップしたかのような懐かしい気持ちになりました。
カウンターの向こうから出迎えてくれたのは、”テルさん”の愛称で親しまれるオーナーシェフの羽原輝之さん。
―「ここはね、昔は母親がやってたコーヒーとカラオケスナックの店だったんですよ」とお店のなりたちを教えてくれました。
高度成長期で日本が活気を取り戻しつつあった1970年代。中学生の頃はレッド・ツェッペリンなどのロック音楽に傾倒し、ギターとしてバンド活動もしていたという羽原さん。東京の大学に進学し飲食の道に進んだのち、佐世保帰郷後「佐世保玉屋」別館のレストランで腕を磨きました。
ジャズと出会ったのもちょうどその頃で、フュージョン、クロスオーバー、モダンジャズを熱心に聞くように。その後、母親のカラオケスナックを思い切ってジャズバーにすることを決意。カラオケ機材を取り払ったところ、客足は1/3に激減したそうですが、徐々にジャズ愛好家の間で話題になり、客足も伸びました。
現在、月1で行っているジャズライブの起源にもなったのは、30年以上前にアメリカのジャズピアニストが来店したことがきっかけ。「生演奏できる環境がほしい」。その一言がきっかけでライブ演奏の環境が整い、これまで数えきれないほどのライブやセッションを行ってきました。多いときで月2~3回ほど。プロ、アマ、国籍問わず、多くのミュージシャンがここで音楽、お酒や料理を楽しみました。
―「外国人客が多いのも、やはり佐世保ならではの光景。国境を越えて、掛け声と演奏で店内が一体になる瞬間はとても気持ちが良い。良いオーディエンスは良い演奏者を育てるんだなと思います」
そんなジャズライブと同じくらい、羽原さんが大切にしているものがありました。
―「お店を継いだのは、まず、料理を出せる場所がほしかったから。ジャズレストランにしたかったんです」
音楽だけでなく料理でも最高のおもてなしをしたい。羽原さんの真心こもったメニューの数々は、こだわりと地元愛にあふれています。洋風や和風、ジャンルはさまざま。お酒と共に楽しめるおつまみやディナーにぴったりな逸品から、「カキのカクテル」など地元特産品を使ったオリジナルメニューまで幅広く提供しています。
佐世保名物にもなった「デレクライス」
佐世保名物にもなった「デレクライス」。たっぷりチーズとピリッと辛い自家製サルサソースでライスがどんどん進む魅惑のメニューです。これまで多くのメディアや雑誌にも取り上げられ、全国的に注目を集めています。
―「ソースにはフェタチーズ(羊・山羊の乳から作られるさっぱりとしたチーズ)がごろっと入ってます。シェアするなら横半分に分けるのがおすすめ」
メニュー誕生のきっかけは、30年前。メキシコ料理・エンチラーダからヒントを得て、ハラペーニョ(青唐辛子)を混ぜ込んだ辛いサルサソースとライスを組み合わせたオリジナルメニューを来店客に出してみたところたちまち人気に。「こんな美味しいの、食べたことないよ」。特に外国人には大好評で、それを目当てに訪れるお客さんも多かったといいます。
その中の一人が、ハウステンボスで演奏家として活動していたアメリカ人のデレクさん。すっかり料理のファンになり、足繁く「フラットファイブ」に通ったそう。
帰国前には、最後の別れを惜しむかのように一週間で昼夜10食をオーダー。羽原さんはとても感激して、「このメニューに『デレクライス』と名付けるよ」とデレクさんに約束したそうです。
―「彼は本当に気に入ってくれて。レシピを知りたがっていたから帰国前に教えてあげました。その後も、お店のサイトを立ち上げた時、彼のために英語でレシピをアップしたりして」
数年後、デレクさんとはインターネットのSNSで再会。「デレクライス」が佐世保名物になったことを心から喜んでくれたといいます。「料理や音楽を通じて、国籍を超えた出会いがあるのも佐世保の魅力ですね」と羽原さんは語ります。
「デレクライス」は、すっかり看板メニューとなりました。ちなみに、カウンター上にある「Derekrice」のネオンは、たまたま知り合った職人につくってもらったもの。ニューヨークにある名門ジャズクラブ「BIRDLAND」のネオンを手掛けた彼の帰国後初めての作品がこのデレクライスのネオンだったそう。
ついには羽原さんと常連客の皆さんで結成した「デレクライスJazz Band」が誕生。実に多くのストーリーを生み出しました。
音楽に垣根はない
―「普段なら決して出会っていなかったであろう人たちと繋がれるのも、音楽の魅力だと思います。音楽に垣根はありません」
「フラットファイブ」には、プロアマ問わず数々のミュージシャンや作家、芸術家などが訪れました。その中には、ブロードウェイの道など世界に羽ばたいていった人たちも。
―「面白かったのはね、気さくなアメリカ人のお客さんで。楽しくお話して『今度ベース案内してよ! 』なんて話してたら、実は米軍基地でけっこう偉い人だったなんてこともありました」
羽原さん自身、佐世保の音楽関係のお店には足を運ぶことも多いといいます。音楽のジャンルを問わず、どこへ行っても”オールウェルカム”な空気。そんな温かさが佐世保にはあるようです。
―「あと、やっぱり佐世保のジャズは頑張ってるなと思いますよ。過去に全国のジャズフェス情報をまとめていたことがあったんですけど、佐世保は毎年のようにやっている。なかなか真似できないことだし、すごいことだなって。『いーぜる』さんを中心に、音楽を支えてくれている人たちのおかげでしょうね」
「フラットファイブ」も、同じく佐世保のジャズシーンを見守るお店の1つ。それは、常連客やミュージシャンたちの時間が積み重なった空間が物語っています。
―「まずは美味しい料理を楽しんでもらいたい。それは昔も今も変わらないから。肩肘張らずに、自然体で音楽に浸ってくれればなと思いますよ」
知識やこだわりはいらない、ただ、おいしい食を入口に。そんな自由な音楽の楽しみ方も、「フラットファイブ」は教えてくれます。ちなみに、店名の由来を尋ねると、「あれこれ難しいから、『フラッと入るという意味です』みたいにいつも答えてますよ」とにやり。ゆるくて自由な、佐世保の老舗ジャズ処でした。
住所:佐世保市光月町2-3 新京ビル2F
TEL:0956-22-8100
営業時間:18:00~26:00(OS26:00)